7月21日(水)、フラワリッシュ道場において行われた環境勉強会に69名の方が参加されました。
冒頭に、田中久雄会頭が挨拶され、総裁谷口雅宣先生の7月17日のブログの内容が紹介されました。要するに、吾々の健康は体内の小細菌に守られているという事実を知ること、地球温暖化の傾向は進みつつあり、肉食への執着を離れること、すべての生物に感謝し生物を敬う心がいま大切なことをアピールしておられます。
教化部長・葛原敏雄先生のご講話を拝聴いたしました。先生は、はじめにフラワリッシュ道場が清まっていることをお歓びになられました。
先生は、谷口雅宣先生の『小閑雑感Part15』から、生長の家大神の神像はあくまで「それぞれの作者の表現物」であって、「大神の姿は具体的に表現しないのである」、なぜなら生長の家は「万教帰一を教義の中心に据える宗教であるからだ」ということをご説明されました。「生長の家の礼拝の本尊は観世音菩薩なのである」「『生長の家大神』という呼称は神道的な表現を使った一種の“仮称”であり、仏教的には『観世音菩薩』と呼ばれているものである」(69~70頁)という箇所を引用され、生長の家が偶像崇拝の宗教だと誤解しないように注意されました。いまや「万教帰一」の生長の家の光明化運動は全世界から要請されつつあるのだということを知ってほしいと言われました。
先生は、『小閑雑感』の読み方にふれられ、この書の巻末のある「ジャンル別索引」を利用して、ご自身の関心あるところから読むといいですよと深切に教えて下さいました。
最近、宮崎に集中豪雨がありましたが、あれは口蹄疫で殺された牛たちと飼育者たちの涙の具象化されたものではないか、この尋常ではない現象には「元」があるということを私たちは知らなければならない。ですから、慰霊祭を行ってほしいと先生は言われました。
先生は過去、日本民族は牛肉を食べることを好んでいなかった民族であり、私たちはその子孫であることを自覚しなければならないと言われました。肉食しなくても私たちは生きていける生命力が神様からすでに与えられていることを自覚してほしいとも言われました。
私たちは大切なことを学んで「知る」だけでは身につかないのであって、知ったことを「行ずる」ことが大切であり、そうすると必ず証があり、「信念」に高まるのです。それを「知・行・信」というのです。また、環境を良くするには、先ず大調和の世界は必ず実現するのだと思うこと、思い(想念)は実現します。そのように先生は強調されました。
先生はテキストの谷口雅春先生の『心と食物と人相と』の79頁以下を引用され、熟読されますように促されました。谷口雅春先生は次のように述べられておられます。
「感謝によって愛念によって捧げられたる物は、すでにそれは感謝の象徴とし、愛念の表現としてその形あるものが出現しているのでありますから、その形は『肉食』のように見えていましても感謝食であり、愛念を食しているのでありますから、もはや、普通の肉食をしているのではないのであります。そんな時に形の上では肉食をしているように見えましても、実相においてはすでに肉食をしていないのであります。」そして、弘法大師の実例を紹介されています。そして「では大師をまねて、『わしは肉食をしているように見えていても、真実は肉食などしていないのだ』といい加減な安易な心で肉食をすれば、その業果めぐって、自分の肉が飛び散るような地獄絵巻が現出するのは火を見るよりも明らかなことであります。」「一人の人の『生命尊重』の心がだんだん影響してゆけば、ついに乳や卵を食用とする人も減じ、需要が減ずれば、供給も減じて来、したがって、また屠殺の必要もなくなって来る、だから一人の精進努力を軽んじてはならないのだ」と、私たち一人ひとりの自覚と努力を促されておられます。
最後に先生は、仏教の本質にふれられ、それは「深心」と「直心」であって、この二つがあいまって信仰の世界に入るのですと言われました。私たちは「環境問題」を深く掘り下げることによって、あらゆることに発展していくのであって、環境問題の中に今日的問題の共通項が含まれていることを理解して学んで頂きたいと、先生は「環境問題」を学ぶことの大切な意味をお教え下さいました。また、谷口雅宣先生の環境問題に対する姿勢は、谷口雅春先生、清超先生の教えを継承するものであることを『小閑雑感』を読むとよくわかりますと言われました。葛原先生、ありがとうございます。
引き続き、マクロビオティックのおいしいお弁当をいただきながら、松井八重子先生のご講話を拝聴しました。先生は、玄米食のメリットをご自身の体験から述べられ、ご自分一人から是非始めてほしい、玄米は神様からの賜物で、肉食などと違って「自己処罰」なしに頂けます。よく噛んで、できたら100回噛んで感謝して食べて下さいと言われました。 (文責・汲田克夫)