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体験談


1.辰巳佳央さん(熊鷹支部) 栄える会研修会(平成19年 10月14日)
2.新垣淳子さん(千手支部) 講習会決起大会(平成19年 12月16日)
3.明利忠昭さん(恵比寿支部) 繁栄講演会(平成20年 3月20日)
  
「栄える会通信」11月号 別紙

   
「養蜂家への道」

(平成20320日奈良教区栄える会繁栄講演会の体験談発表、時間の都合で未発表の後半部分です。)


恵比寿支部  明利忠昭

神と偕なるが故に一切のこと能わざるなしであるわれは如何なる禍をも恐れない。神われ偕にいますからである。われは神を信ずる。神を愛する人に対しては、一切都合よく行くのである吾れは今新しき世界を発見しつつあるのである。」(谷口雅春先生『日々読誦三十章経』二十日の経言)という日々の言葉は、いつまでも新鮮に心に響き、力を与えてくれます。

 私の心は決まっていました。私の最高の自己実現法である“養蜂”を定年後の仕事にし、そして自然の中で四季を体感し、豊かな気持ちで生きて行くのだと。

 養蜂関連書を徹底的に読み込み、シュミレーションを繰り返し、ソフト面の仕上げはほぼ完全に出来ていましたが、ハード面については完全にゼロ状態です。場所もない、蜂もいない、養蜂器具もない、ましてや現場の経験は皆無です。ちょっと不安です。いや大分不安になってきました。「神と偕なるが故に一切のこと能わざるなし!」よし、もう一度原点に帰ってみよう。平成18年1月末日に定年退職し、2月10日から、宇治別格本山での10日間練成に参加しました。再度、神想観の大事さ、先祖供養の意義、言葉の力などを確認させていただく機会となりました。特に“祈念”の重要さについての認識が一段と深まったように思います。

 養蜂家の開設に当たっては、いろいろな制約と条件がつきます。

1・近くに人家が密集していないこと。2・密源が豊富であること。3・他の養蜂業者の養蜂場から3〜4キロは離れていること。4・日当たりの良い南向きの土地であること。5・荷物搬入のための道路が確保されていること、など。

 田舎には土地が余っているように見えますが、養蜂に適した土地ということになると、現実はなかなか厳しいのです。

練成から帰って一月ほど経った頃、愛犬の散歩の途中で、電柱に張り紙があるのに気がつきました。「売地」の文字がありました。詳しく読んでみると、同じ宝塚市内の山寄りの土地です。業者に連絡を取り、見に行きましたが、養蜂場としては無理があります。がっかりしている私を見て、先方の担当者が言ってくれました。「丁度いい人が来ているんですが、お会いになりませんか?」その後のすべてがここからはじまったのです。紹介されたのはSさんという不動産屋さんでした。たまたま来合せており、もう帰ろうとしていたとのことでした。こちらの事情を話したところ、いい物件があるので今から見に行きましょうとのこと。

1件目は不合格。しかし、2件目は素晴らしいものでした。広大な里山地帯の一角にあり、農家が点在する場所です。100メートルほどのところを県道が走り、わが家からは車で25分、三田市の中心街までは車で15分という便利さです。そして、後で分かったことですが、この北摂一帯の里山は約10億坪の面積を有する日本有数のものとのこと。養蜂業にとって密源の富んだ雑木林は「宝の山」なのです。こうなるともう決まりです。1ヶ月後には購入の手続きを進めていました。練成が終って1ヶ月後には理想的な土地が見つかったのです。

あの時Sさんに会わなければどうなっていたのでしょうか? 1分でもずれたら、彼に会うことはなかった筈、そして土地の存在すら知らなかった筈なのです。

土地購入の全ての手続きが終えたのが4月末。養蜂開始には季節的に遅すぎます。初年度は土地と設備の整備に当て、実際の養蜂は翌年度スタートということになりました。ここで、Wさんという人物が登場してくることになります。この人は3年前から隣に倉庫を構え、同時に菜園も楽しんでいる小さな工務店の経営者です。私が購入した土地は、ただ雑草が生えているだけの未整備の土地です。整地して、設備を入れなければなりません。排水を良くするための真砂土の購入、倉庫兼作業場としてのユニットハウスの購入、駐車スペースのための砂利の購入等々、私にとっては未経験のことばかりです。専門家として、彼はこれら全てに関して積極的に手伝ってくれ、助言してくれたのです。全てが驚くほど順調に行きました。何も知らない世界で出会った有難い“水先案内人”です。

最後にフエンスの敷設を彼にお願いしました。フエンスが完成し、養蜂をスタートさせた頃から、彼の周りにも変化が起き始めたのです。この2,3年仕事が減り、困り果てていた彼の会社に続々と注文が入るようになったのです。あれから1年半が経過した今も仕事の切れ目がなく、好きな菜園に割く時間がないと嬉しい悲鳴をあげています。彼の言葉を借りると「養蜂が仕事を運んできてくれた」ということになるのだそうです。私の方も、Wさんがいなければ、養蜂場の整備に時間がかかり、開設はもっと遅れていたはずです。

そして、その後も奇跡は続いています。

近所にMさんという方がおられます。備長炭の販売で成功している人です。私が養蜂を始めることを知り、ビジネス面での的確な助言をはじめ、いろいろな相談に乗っていただきました。沢山のお客様を紹介して下さり、多くの販売予約を頂くことができました。養蜂の健康保持のために養蜂場に埋めた備長炭も、Mさんの無償提供によるものです。

画才のあるMさんは、養蜂瓶に貼るラベルの絵も描いてくれました。不思議と、私達夫婦が望んでいたとおりの図柄と配色の見事なものです。ところが、印刷を頼んだ小さな印刷屋は、その繊細かつ微妙な色合いがだせないと尻込みし、かといって大手の印刷会社に頼むほどの部数ではありません。困りました。ところが思わぬところから道が開けたのです。

丁度この頃、家内の仕事を通じて、ある印刷会社の経営者のTさんという人物と知り合いました。例の“ラベル”を見た彼はその配色に驚いたそうです。そして「印刷はぜひ私にさせて欲しい」ということになったのです。その上、その会社が出版している雑誌に、無料で大きな広告を出してくれることになりました。Tさんは自然のもつ深み、神秘性に特別な関心を持っています。養蜂についても理解を示してくれ、「何よりも素晴らしいのは自然です。その自然の恵みであるハチミツは素晴らしい、うちの雑誌にそういう記事を載せたい」と言ってくれたそうです。そして、文章もイラストも家内が手掛けた「みつばち物語」が、その雑誌に連載されることになりました。いつか我が家の養蜂場の特集記事を組むことも約束してくれたそうです。

私の事業に必要な一切のものは、必要な時、必要な場所において与えられる(谷口雅春先生、前掲、十八日の経言)という日々の言葉の一節を思い出します。Sさんとの出会い、Wさんとの出会い、そしてMさんやTさんとの出会い、全てがその通りなのです。1年前には何もありませんでした。1年後、最盛期の5月の養蜂場には、45群、約200万匹のミツバチが生活し、レンゲ、アカシヤ、ソヨゴ、クリなどの密も集めてくれました。

神の御心に叶った思いと行動を実践していると、自然に周りが動き出し、全てが整っていく」という事を実感しています。

 家内は司会や朗読の仕事をしていますが、こちらも又、素晴らしい出会いや仕事に恵まれ、予想を超える展開に戸惑いさえ覚える昨今です。

 自然の中で四季を体感しながら、環境を汚すことなく、環境と共生していくのが養蜂業です。蜂蜜がいなくなれば、植物の大半が滅びるとさえ言われています。植物が無くなれば人間も生きていくことはできません。私達の食卓に上るハウス栽培のイチゴやキュウリなどの受粉にも、密蜂が重要な役割を果たしています。単にハチミツの生産だけでなく、地球環境の維持という面でも非常に大切な存在です。この素晴らしい仕事に従事できることを、つくづく幸せに思い感謝する日々です

再拝   



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