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体験談


1.辰巳佳央さん(熊鷹支部) 栄える会研修会(平成19年 10月14日)
2.新垣淳子さん(千手支部) 講習会決起大会(平成19年 12月16日)
3.明利忠昭さん(恵比寿支部) 繁栄講演会(平成20年 3月20日)
  
「栄える会通信」11月号 別紙
4.畑田信夫さん(副会頭) 講習会(平成21年 12月13日)
  
「栄える会通信」平成22年4月号 別紙
5.米村功夫さん(副会頭)
  
「栄える会通信」平成22年5月号 別紙

   
「養蜂家への道」
「栄える会通信」平成225月号別紙
 
副会頭 米村功夫

 合掌、ありがとうございます。

 私は、専門学校卒業後、日産自動車に入社、整備士として37年間勤務し、平成16年に退職しました。それから現在に至るまで心の支えとなったのは生長の家栄える会での組織活動でした。

 20代に原因不明の「てんかん」の発作に悩まされている時に、近所の生長の家大阪教区の方の勧めで、母親が生長の家の御教えを学びました。先祖供養・流産児供養をし、一日3回聖経読誦しておりました。米村家の家系図が無く、母がお寺に行き過去帳を頼りに家系図を作成しました。私自身は母がやっていることには無関心でしたが、聖経と『生命の実相』を持たされ、鞄の中に入れておりました。

 ある時、仕事中にガスボンベが爆発し、顔の一部、左手、左足に火傷を負いました。母は仏壇の前で、聖経をあげながら、私のけがの回復を祈ってくれました。そのお蔭か、火傷の痕は急速に快方に向かい、2〜3週間できれいに治りました。この事故をきっかけに、私は通勤時間や昼の休み時間を利用して『生命の実相』を開いて読むようになりました。読書の習慣のない私にとっては大変のことでした。しかし、読まずにはいられない心境でした。私は、1巻を7回繰り返し読み、次の巻に進むという読み方で、全40巻を読破するのになんと20年近くかかりました。そのお蔭で人生観が変わり、今日の私があると感謝です。

 また、宇治別格本山の一般練成会への参加で、険しい人相からやさしい人相に変わったと声をかけて下った方もありました。帰宅後、家族からも同じことを言われました。仕事に対する意識も変わりました。その後、夏の長期休暇を利用して、10年間練成に参加し続けました。いつの間にか、あれだけ不安だった「てんかん」の発作も起こらなくなりました。

 平成4年8月の練成会に参加し、家内と知り合い、翌年末に結婚しました。すぐ男の子を授かりました。母が他界し、その一年後一人で暮らしていた当時75歳の父と同居することになりました。

 会社の統合と転勤があり、精神的に疲れ果てていましたが、母の7回忌までにはお墓を建てたいとの願いが叶いました。内浦先生のお世話で納得のいくお墓を建てることが出来ました。

 精神的に追い込まれ、37年間勤務した会社を退職しました。退職する1年前に栄える会に入会させて頂いたことが、心の支えになりました。退職した頃、宇治の宝蔵神社に22柱の永代供養をさせて頂きました。

 退職して就職先を探そうかと思っていた時、松井先生からお声をかけて頂き、みすまる加工所にて仕事を頂きました。そして、生長の家の真理の勉強、神想観、聖経読誦、先祖供養、流産児供養など、行の大切さを学ばせて頂きました。ある時、松井先生から栄える会会員様の祝福祈願をやるように導かれました。平成18年3月まで、松井先生のところでお世話になりました。

 新たな仕事を祈りながら、百日間のお墓参りをしますと、自分の天職であります整備士の仕事が与えられました。人間関係も大変よく、自分の技術も認めて頂き、信頼してもらえていることが、最高の喜びです。自分が喜んで仕事をさせて頂くことが、お客様への最高のサービスであることに気付かせて頂きました。また、若い社員には常に声をかけながら祈れる私にもなりました。

 家内は松井先生から「御主人は皆に必要とされています。使命を果たすことによって、家庭や他の一切が整って繁栄します」とご指導頂きました。あらためて、組織活動の大切さを自覚し、そして私に与えられた使命を一つ一つ果たしていくことを心に誓いました。            再拝




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